🔄 最終更新日 2018年10月5日 by takara_semi
科学技術の印象と誤解
近年ロボットが、オートメーション技術やメカトロニクス技術、知能化技術の発展に伴い、人間と共存する存在にまで発展しています。特に日本では、産業ロボット技術を発展させたサービスロボットの研究開発が盛んで、その背景には、日本人のロボット技術に対する親近感が大きな役割を果たしています。
技術に対する人々の持つイメージは、その技術の発展に大きく影響します。その上、そのコントロールは非常に難しいです。一度誤った認識が普及すると、たとえそれが時代遅れの誤った見解であっても、その公正と払拭は容易ではありません。
リンゴの皮は農薬まみれか
例えば、現在の日本では農薬の改善が進められ、リンゴの皮の多くは洗えば安全に食べられます。しかし、依然として、農薬に対する悪いイメージは世間から取り除かれていません。実際は、無農薬栽培によって害虫に攻撃されたときに分泌される毒物の方が、現在使用される農薬の毒より何倍も危険であるというのが、現在の科学の見解なのです。体の健康を気遣い無農薬栽培された野菜を選択している消費者は、その事実も知った上で判断する必要があります。
また、化学肥料の使用の有無に関しても同様の問題を孕んでいます。化学肥料は一般に、有機肥料に比べ環境に悪影響だとされています。しかし、有機肥料で栽培しようと考えた場合、化学肥料を使用した場合と比較して、同面積の敷地での収穫量は7~8倍も劣ります。つまり、同じ量の収穫を得るためには、有機肥料の場合、化学肥料使用時の7~8倍の面積を農地として開拓する必要があるのです。それでも、はたして有機肥料の方が化学肥料よりも環境にいいと言えるのでしょうか。
安全と安心は違う
農薬や化学肥料は日々進歩し、健康や環境に良いものとなってきています。前述の例から分かるように、科学技術の進歩に世間の認識が追いついていないのです。しかし、これは当然のことで、問題は広く一般に普及している「有機物質は体によく、化学物質は体に悪い」という誤ったイメージにあります。この誤ったイメージが、世の中に役立つであろう新技術の普及の弊害となっているのです。
ここまでは日本を例に考えてきましたが、世界各国でそれぞれ、テクノロジーに対するイメージは異なります。例えば、アメリカでは遺伝子組み換え技術に関して「良いものだ」とのイメージがあり、その技術応用に対して寛容です。一方ヨーロッパでは、遺伝子組み換え技術に対して否定的です。このイメージの違いは、各国の政府の広報活動が影響していることもあります。日本では、ロボットは本来「危険」なものかもしれないはずですが「安心」を得ています。一方で農薬は改良により「安全」なものに変わりつつあるものの多くの人が「不安」を感じる対象のままです。いくら技術が進歩し「安全」で便利な科学技術が生まれたとしても、それを利用する人々の「安心」が得られなければ、技術の普及は困難となるのです。つまり「安全」と「安心」は必ずしも一致せず、正しい知識を以って、それぞれを判断する必要があります。
ロボットは怪物か英雄か
ロボット技術も同様で、イメージの問題があります。産業用ロボットが日本に比べ欧米に根付きにくかった背景の一つに、フランケンシュタインの怪物や「R.U.R.」のロボットなどが欧米の人々にロボットに対する「暗いイメージ」を定着させたことが一つの要因として考えられています。さらに、単純労働を代替するロボットの普及により労働の機会を奪われるのではないかという労働者の反発や、西欧社会に潜む「ロボットは怪物」という本能的恐怖感もひとつの原因だとする論者も少なくありません。こうしたロボット技術に対する様々な「負のイメージ」により、欧米では産業用ロボットの普及は遅々として進まなかったのです。
一方日本では「学天則」を皮切りに「ロボットに対する憧れ」が植え付けられ、さらに手塚治虫作「鉄腕アトム」は少年雑誌・テレビ・映画となり日本中の子供を魅了しました。「ドラえもん」「機動戦士ガンダム」などの作品も、ロボット人気の一端を担っていることは間違いありません。そうした背景が、ロボット技術先進国としての日本を生み出した一つの大きな要因なのでしょう。これらの例からも、技術発展はその文化や社会背景に強く依存している様子が伺えます。国として発展を望む新たなテクノロジーがあるとすれば、ある程度のイメージ戦略も必要となってくるのでしょう。