ピラミッドは王墓か否か。古代の謎に想いを馳せる。

ピラミッド
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侍やナポレオンは何を想う

多くの謎と不思議な魅力を持つ古代エジプトの遺跡であり象徴でもある、金字塔ことピラミッド。現存する中で最も大きい「クフ王の大ピラミッド」の大きさは、なんと底辺230m、高さ147mにも及びます。この巨大な正四角錐の建造物を初めて目前にしたとき、人は皆「これはいったいどのような目的で造られたのだろう」と大きな疑問を抱くに違いありません。徳川幕府の使節として27人の侍がエジプトに立ち寄ったとの史実が残されていますが、彼らや、エジプト遠征中のナポレオン率いるフランス軍の皆も、同じ疑問を抱いたことでしょう。皆さんも、一切の知識を取り払い、今一度ピラミッドと対峙することを想像してみて下さい。きっと同じ気持ちになるはずです。本記事では、一見すると奇怪なピラミッドの建造目的について考えていきます。

本当に王墓なのか

ピラミッドの建造目的についてはいくつかの説がありますが、「王墓である」というのが一般的な説となっています。ピラミッドの原型は、その土台部分だけを残したような長方形の形態をした大墓である「マスタバ」であるとされているため、ピラミッドも当然墓であるはずだというわけです。しかしながら、この半ば一般常識となっている王墓説も、全てのピラミッドにおいて当てはまるわけではなく「ピラミッドは王墓ではない」と主張する研究者も少なくありません。その理由として、ピラミッドからミイラが見つかっていない(しかし、例えばジェセル王のピラミッドからはミイラの片脚が発見されています)ことや、1人のファラオが複数のピラミッドを作っていることなどが挙げられます。これらは「王墓説」を否定する上で説得力がある十分な根拠だとも言えます。

公共事業説

では、もしピラミッドが王墓でなかったとすれば、いったいその建造目的は何だったのでしょうか。その直接的な利用目的については後に議論するとして、間接的な建造目的としては「ピラミッドを建造するという作業」自体が目的となっていた可能性が考えられます。当時失業状態にあった多くの農民を救うために、古代エジプトにおける超大規模な公共事業としてピラミッドの建造という仕事が用意されたのではないかという説です。この農民の救済のための公共事業という目的は、その後の神殿建設にも当てはまります。現代でも大規模建設事業は多くの人に仕事を与える公共事業であることは至極自然で、ピラミッドの建造目的の一つが公共事業であったとしても、特に不思議ではないでしょう。

巨大食糧庫説

ここでは「ピラミッドそのもの」の直接的な利用目的について考えていきます。そこで、過去の研究者たちの唱えた説を見ていきます。まずは「ヨセフの食糧倉庫」説です。この説は、ピラミッドの中が巨大な食料の貯蔵庫になっていたという説です。これは中世のキリスト教徒によって唱えられたもので、旧約聖書に書かれた物語を根拠にしています。しかしこの説は、ピラミッドの内部構造を知ってしまった現在では不適当かつ不可解なものです。ピラミッドはその大きさに比べ、内部の空間があまりにも狭かったことを思い出して下さい。古代エジプト文明の高度な技術力があれば、もしも食糧庫として建造するならば、より機能的な構造を設計したに違いありません。ゆえにこの説は、まだピラミッドの正体が全く未知であった時代ならではの想像の産物だったのでしょう。

日時計説

つぎは「日時計説」です。この説は、イギリスのモーゼスが唱えたもので、ピラミッドを巨大な日時計もしくはカレンダーとみなすもので、数多くの天文学者らに支持されました。その根拠として、モーゼスの徹底したピラミッドとその陰の動きに関する研究結果があります。モーゼスはピラミッドが砂漠の上に映し出す影の動きを調べ、冬の6ヶ月間、ピラミッドの北側の斜面が常時影に覆われていることを発見したのです。その影の長さは冬至の正午に最大となり、それから少しずつ短くなって、春分の日の正午には全く見えなくなります。そして、夏の6ヶ月間は冬の場合とは反対で、北側の斜面には影ができないのです。この計画的に設計された「ピラミッドの影」によって、巨大な日時計として、古代エジプト人は時間や季節の移り変わりを知っていたのではないだろうかというわけです。しかし反対意見も存在し、時計としての機能は、あくまで複数のピラミッドを建設する際に秩序を保つために太陽の動きを利用して同じ方向に揃えたために生じた副産物に過ぎないという説もあり、その真偽は分からないままです。

真相は謎のまま

ピラミッドの持つ役割についての学説は様々存在します。何千年も前の説に始まり、ここ最近の説まで、その謎めいた建造物の正体を知ろうと多くの設が生み出されています。それらのどれが正解で、どれが誤りなのかは分かりません。しかしながら、太古の謎は、分からないからこそ魅力的であるし、想像を掻き立てられることで、より一層神秘的にも感じます。それゆえ、世界中の学者を虜にし、そして学者らは各々のロマンに想いを馳せているのでしょう。

たいていのものはすぐに答えが見つかってしまう情報化社会において、アカデミアの世界には検索しても決して答えが得られない魅力的な謎が山積しています。ピラミッドの謎に関しては、私的にはやはり王の墓で、その地下にはまだ未発見の部屋があり、古代を生きた数多くのファラオが誰にも見つかることなく静かに眠っているのだというロマンに想いを馳せています。

<参考文献>
[1] 吉村作治, “古代エジプト7つの謎”, 幻冬舎(1996).
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takara_semi
著者紹介 旧帝大学生。自然科学/社会学/教育学/健康増進医学/工学/数学など、および学際的な研究領域に興味があります。

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