それでも私はやってない。国ぐるみの冤罪「魔女狩り」の真相。

魔女
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ヨーロッパの悲劇、魔女狩りの真相

ヨーロッパでは14~18世紀頃に「魔女狩り」と呼ばれる大量虐殺が行われました。これは、魔女と疑わしきものが訴えられ、自白するまでとても耐えきることのできないような拷問にかけて、自白すれば処刑という、非道極まりないものでした。

現代の日本では考えられないことですね。何故、当時のヨーロッパではこのような悲劇が起きてしまったのでしょう。その原因は当時のヨーロッパ独自の思想が大きく影響していました。

妖術や魔術といった「悪魔学」の思想が浸透

驚くことに、その時代のヨーロッパには悪魔学や妖術、魔術に関する思想が多く存在していました。

そのため、悪魔と交わっていたとされる「魔女」が裁きの対象となった訳です。しかし、魔女の存在を「真剣に信じていた人」はそれほど多くいたわけではありませんでした。さらに、魔女狩りに関して、その当時から数多くの反対意見が存在していたとも言われています。

そうすると、なぜヨーロッパの人々がこぞって「魔女狩り」のような残虐な行動をとったのかが疑問です。この問題を解決するには、より詳しく、ヨーロッパの人々の「魔女」に対する考え方を見ていく必要があります。

悪魔と干渉する人間=魔女

古代以来、人々は人間の限界を超えた強大で不可思議な力を何らかの方法で得ることができるものだと考えていました。これが「魔術」や「妖術」などといった概念とつながっており、ヨーロッパでは古くからこのようなものの存在が信じられていました。

その証拠に、ヨーロッパの民衆による裁判では、暴力や窃盗と並んで「魔術によって出た害」も裁きの対象となっていました。また、悪魔が人間に干渉できるという思想もあり、悪魔に取り付かれたと思われる人が裁かれることもありました。

このように見ていくと、魔女狩りがさして不自然な事件ではないように思えてもきます。時代によって程度は違えど、「魔術に対する裁き」はヨーロッパでは普通のことだったのです。

しかし、本当に「怪しげな魔術に対する裁き」=「魔女狩り」ということなのでしょうか。冒頭に書いたように、魔女狩りは異常なものでした。「魔女」ではなく「魔女と疑わしき人」が次々と処刑されていったのです。この国を挙げた暴挙の真相はいったい何処にあるのでしょうか。

仕立て上げられた大量の「偽魔女」

ヨーロッパのある村では「噂をたてられることは致命的」だったそうです。これは、明らかに前述した裁かれ方とは事情が異なります。この供述から考えると、魔術と一切関係がない場合も、私的な怨恨により、その憎悪の対象である人を「偽魔女」に仕立て上げれば、処刑することができたのだと想像できます。

また、「魔女」として訴えられた人々の多くは、貧しく知人の少ない者でした。これらのことから考えると、「魔女」は、ただ単に人々が自分の怒りや不満といった鬱憤を発散するために都合よく利用されていたというだけの存在だったとも考えられます。信じ難い酷い話です。

そして、このような私怨による魔女狩りの差裁判を国が認めていたということは、国にも何かしらの思惑があるはずです。

それはおそらく、国が臣民をまとめるため、つまり、治安を良くするために、一人身の貧しい者と「魔女」の像を重ねて、臣民の共通の敵としたのではないかと考えられます。あるいは、極悪非道な一種の娯楽として、国を挙げて行われた悲劇だったと考えることもできます。これが魔女狩りの真相です。

国家に利用された悲しき魔女たち

つまり「魔女狩り」は、権力者が人々の中にある「魔女」という共通の「悪のイメージ」をうまく利用し、支配下の人々の団結、および支持の向上を狙った悪質な虐殺行為であったのだろうと考えられます。そして、権力者にとっても臣民にとっても都合のよい、格好の存在として多くの「偽魔女」が作りだされ、このような歴史的な無差別大量冤罪事件が起きてしまったのでしょう。

歴史から学ぶべきことは数え切れません。疑わしきは罰せず。根拠のない噂に流されない。国や社会によって、現代における悲しき「偽魔女」が生まれないことを切に願うばかりです。

<参考文献>
[1] ジャン-ミシェル・サンマン, “魔女狩り”,創元社(1991).
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takara_semi
著者紹介 旧帝大学生。自然科学/社会学/教育学/健康増進医学/工学/数学など、および学際的な研究領域に興味があります。

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