ダヴィンチを動かす。遠隔操作ロボットの世界。

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🔄 最終更新日 2020年4月9日 by takara_semi

ロボットの遠隔操作

本記事ではロボットの遠隔操作について考えます。まずロボットをなぜ自律動作ではなく遠隔操作するのかを考え、そこから見えてくる遠隔操作の利点や欠点、研究課題となっている部分についてもみていきます。研究課題としては特に「通信による遅延時間とその影響」「どの程度の自律性を持たせると最も効率が良いか」「オペレータがいかにしてロボットの状況を把握するか」の3点について、その解決指針を考えます。

遠隔操作する理由

世の中のどのような場所で遠隔操作型のロボットが使われているでしょうか。また、なぜ自律動作ではなく、遠隔操作をさせるのでしょうか。これらの疑問に関して、具体例をみながら考えていきます。

遠隔操作ロボットの活躍の場として思いつくのは、人間が立ち入るのが危険な場所です。原子力関係設備や被災地、紛争地域などで活躍するロボットの多くが遠隔操作型のものです。このようなケースにおいては、自律動作では想定外の事態にロボットが正しい判断をできず、それがロボット自身や周囲の環境に対して致命的となってしまう場合が考えられます。ゆえに、危険度の高い環境で活躍するロボットに関しては、安全性・安定性を考慮すると、遠隔操作するのが妥当でしょう。また、量産的に、大量にロボットを生産し、送り込む必要がある場合を考えると、費用が大きな問題となります。自律動作ロボットでは、高度な技術とその開発コストが嵩みます。一方遠隔操作ロボットであれば、操作のための人件費が発生するものの、開発コストと開発期間を大幅に削減できる可能性があります。

また他の遠隔操作を行う理由として「開発及び研究のための遠隔操作」「実際の導入のための遠隔操作」が挙げられます。新しく開発されたロボットのシステムが初めから完全に出来上がっているということは皆無であり、そのような「不完全なシステム」を試験的に導入するために、最初は遠隔操作システムを補助的に利用するというような場合があるということです。例えば対話システムを作る場合においても、未完成な部分や上手く対処できない部分を補うために、オペレータによる遠隔操作を導入する場合があります。つまり、ロボットが安全かつ完全な自律動作をするのは技術的に非常に高度な要求であり、完全もしくは一部を遠隔操作するロボットシステムの方が優位となるケースが多いものだと考えられます。

遠隔操作による手術

遠隔操作するというのは簡単なことでしょうか。また、遠隔操作を上手く実現するためには、どのような技術的課題を克服する必要があるでしょうか。

遠隔操作の対象によって、その「困難さ」は大きく異なります。例えば医療用ロボットは、最も遠隔操作が困難な部類に入るでしょう。難病を抱えている患者がその難病に精通している数限られた優秀な医師の治療を受けたいが、その医者があまりに忙しく、また、その医者の住む国と患者の住む国とが離れている。そのような場合に用いられる「マスタースレーブ型の遠隔操作医療ロボット」を考えると、遠隔操作によって医師の動作とロボットの動作との間にわずかでも遅延が発生すれば、それは医師にとっては施術の失敗につながる大きな負担となり、患者にとっても大きな脅威となります。また、ノイズなどの外乱によって遠隔操作システムが予期せぬ動作をすれば、それが即刻患者の命に関わります。つまり、医療用ロボットにおいて遠隔操作を必要とする場合は、その安全性を確保するために、非常に優れた応答性・レスポンスと、外乱への頑健さが必須でとなります。この例で考えられるひとつの克服すべき技術的課題は、通信距離に伴う遅延時間と外乱の影響をいかに軽減できるかという問題でしょう。特に「遅延時間」は遠隔操作の古典的な研究課題です。遅延時間は通信距離が長いほど伸びる傾向にあります。ここで遅延時間によるオペレータ(操作者)への影響を考えると、なんと、たった0.3秒の遅延でロボットアームの操作に支障が出始めます。この結果から、わずかな遅延時間がオペレータに与える影響の大きさが窺え、またその深刻さを理解できます。

ロボットの自律性を向上させることで、遠隔操作ロボットの操作の効率化を図る例もあります。その理由としては「たいていのロボットは複雑であり、自律性が全くなければ1台のロボットを動かすのに何人もの人を要する」という事実を鑑みれば一目瞭然でしょう。しかしこのようなハイブリッドなシステムでは「ロボットを操作する人」が「自律性を持つロボット」とどのように相互作用するのかという問題が生じます。オペレータがロボットの状況を正確に把握することは想像以上に困難です。オペレータは、限られたセンサ情報から、ロボットを操作するために必要な、周囲の状況認識を行える必要があります。この遠隔操作ロボットの状況認識の問題については次節にて考察していきます。

遠隔操作ロボットの状況認識(Situation awareness:SA)

オペレータが遠隔操作を円滑に行うためには、操作するロボットの周囲のどのような状況を知る必要があるでしょうか。例えばロボット周辺の「音」「におい」「温度」「様子」など、実際にオペレータがその場にいれば知覚できる様々な情報が必要であるように考えられます。それらの内の一部の情報でも欠落していれば、所望の動作や状況に応じた適切な対応をとる際に支障をきたしてしまう可能性があり、オペレータにとっては大きな負担となるでしょう。

さらに正確で複雑な遠隔操作タスクの実現を考えると、オペレータは単にセンサ情報を認識できるだけでは不十分で「所望のタスクの実行に適した確かな情報が得られる」さらにいえば「遠隔地における少し未来を予測できる」くらいに、ロボットの周囲の状況が知れる必要がある場合もあるでしょう。例えば、遠隔地にあるロボットが道路に立っていて、オペレータが「車が見えた」とします。これは単に「知覚する」という段階です。次に「避ける」というタスクが実行可能で、また「この場にいるとまた車が来るかもしれない」という「少し未来」までオペレータが予測することができるだけの状況認識が可能であれば、遠隔操作システムとして十分であるといえます。このような人が普段「自然」にとる一連の挙動を、遠隔操作ロボットを介して実行することができれば、おおむね所望のタスクを遂行できるものだと考えられます。それらを実現する具体的なモデルについては、まだまだ考察の余地があります。

没入感とTunnel Vision

続いて、迅速かつ正確な対応が要求される「レスキュー」の場面において、どのような遠隔操作インターフェイスが望ましいかについて考えます。レスキューという場面を考えると「人命救助」が最大の目的となります。このタスクを成功させるためにオペレータが必要とする情報は、救助を要する人の状態と、その周囲の状況です。その情報認識のために求められるインターフェイスとしては、例えば、遠隔操作する救助ロボットの見ている様子を視線が一致するようモニターする表示系や、レーザーレンジファインダーやソナーなどを活用した「人命救助」に特化した計測系の実装などが有効に機能すると考えられます。特にカメラの視点がロボットの目線と一致して表示されるシステムは、実際にオペレータがレスキュー現場に行き、探索している感覚に最も近いように感じられ、没入感が伴い、オペレータの操作を容易にする可能性が期待されることを考慮すると、非常に重要な点だと考えられます。また半自律化による効率化を考えると、レーザーレンジファインダーは自動的に周辺の障害物データを収集してマップを作成し、ソナーは人間を検知した場合にブザーが鳴るような仕組みにしておけば、オペレータは、主眼カメラの映像に集中し、レスキュー活動に集中することができ、より使いやすいインターフェイスになります。

さきに「没入感」という言葉を使いましたが、そこで生じる問題がTunnel Visionです。これは「現在取り組んでいるタスクに集中しすぎた結果、その背後で起きている情報に注目することができなくなる」というもので、これまで例として紹介したインターフェイス全てに共通して言える問題です。多くの情報を同時に表示することで状況認識の手掛かりは増えますが、結局見るべき情報が増えてしまい、かえって繁雑さが増し、タスクに集中することによる没入によって、その煩雑な情報を処理しきれずに、結果的にパフォーマンスが低下してしまうことがあるのです。それゆえ、一つの画面に多くの情報を同時に表示するのではなく、むしろ「地図などの認識しやすい表示系を使う」「センサ情報を統合して表示する」「使うウィンドウの数を減らす」といった工夫がされたインターフェイスが有効だと考えられます。

Fan-out

Fan-outとは「オペレータ一人当たりの効率的に操作できるロボットの台数」のことを意味します。つまり、オペレータが最も効率的に、複数の遠隔操作ロボットを操作するにはどうすればよいかを考えるためのひとつの指標となります。オペレータによる遠隔操作とロボットの作業効率について考えると、半自律型ロボットでは一般に、一定時間ロボットを放っておくと、その性能、つまり効率は時間とともに低下していきます。それゆえ、オペレータは時折ロボットに正しい情報を与える必要があります。この「遠隔操作と自律モードの切り替え」のタイミングがFan-out、つまり一人で何台のロボットを効率的に操作可能かという問題に直結することは明らかです。しかし、この問題を考えたときFan-outは「タスクの難しさ」「ロボットの自律行動能力」「インターフェイスのデザイン」に依存することが考えられ、実際に使ってみる、つまりトライアンドエラーで試す方法でしか、なかなか知りえないように思われます。しかし、トライアンドエラーでは時間的・コスト的にも負担が大きくなります。そこで、概算的にこのFan-outを計算によって求める方法について考えます。

まずロボットの最低限発揮してほしい能力(効率)を決定する必要があります。そして次に、オペレータによる正しい情報の入力から、どれだけの時間放っておくと、その最低限発揮してほしい能力を下回るかを考えます。その時間が求まれば、それをオペレータがロボットを操作するのに要する時間で割った結果が、オペレータの正しい入力を待っていられるロボットの台数となります。ゆえに、Fan-outは先に求めた台数に、オペレータが操作中のロボット1台を加えた値となると考えることができます。これを数式として定義すると、オペレータがロボットを操作する時間を$\small{IT}$、ロボットがある目標能力を保っていられる時間を$\small{NT}$とすることで、Fan-outの値$\small{F_o}$は$\small{F_o=\frac{NT}{IT}+1}$として計算できることが分かります。

ロボットを作ろうとした時に生じる「考えるべき問題」の数と種類の多様さには驚かされます。将来ロボットを設計・開発したいという思いがあるならば、本記事やその他の「ロボット」関連の記事にあるような内容は知っておいて損はないでしょう。本記事についてさらに理解を深めるためには「ロボットの評価」についても学ぶ必要があります。評価を行う際には、ロボットの振舞いだけでなく、操作インターフェイスを介した人間のランダム性や偶然性を考慮した統計的検定が必要となることなども知っておくと役に立つかもしれません。

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takara_semi
著者紹介 旧帝大卒.自然科学/社会学/教育学/健康増進医学/工学/数学などの分野、および学際的な研究領域に興味があります.

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