ロボットが人型である認知科学的な理由。

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🔄 最終更新日 2018年10月5日 by takara_semi

なぜ人間の耳は二つなのか

認知ロボティクスの中で「構成論的アプローチ」という言葉がよく用いられます。構成論的アプローチとは、簡単に言えば「作ってみればわかる」という考え方で、例えば、人間の認知の仕組みを知るために、実際にその認知の仕組みをロボットの上に再現し、観察してみるというような手法です。ロボットは人のように動くことが可能であり、ゆえに、ある認知の仕組みを実装したロボットが正しく動作したら、その認知の仕組みが正しいのではないかと考えることができ、正しさの一つの証拠になります。これまでの研究で、例えば認識のもっとも表面的な部分である人間の視覚や聴覚などについて、構成論的アプローチで考察されています。例えば、なぜ「人間の耳は2つ」なのでしょうか。これは実際にマイクロフォンを2つ用意し、人間と同じ仕組みの聴覚を作ってみると、確かにそれで上手く機能することから、その必要性や利便性が証明されています。

他の例としては「学習方法」についての研究があります。人間は強化学習という方法で知識を獲得していることが知られています。その学習方法をロボットに実装してみると、確かにロボットは知識を獲得できるのです。つまり、構成論的アプローチによって、対象となる人間の認知の仕組みを実際にロボット上に再現・観察し、それで上手く動作していることが確認できれば、人間の中でもそのような仕組みで認知機能が働いているのだろうと推測することができるのです。

ロボットの多くはなぜ人型なのか

構成論的アプローチの考えに基づくと、人間に似ているロボットと、人間との対話の様子を観察すると「これが人間のコミュニケーションを作り出しているという基本的な要素」を見つけ出すことができます。そして、実際にその仕組みをモデルとしておき、ロボット上で試すことも可能です。そいうような相互作用の部分においても「実際に作ってみる」ことによって、その仕組みが確かにロボットの上にあるということを調べることができるのです。そのため、このような人の認知やインタラクションに関する研究分野では、人型のロボットが利用されることが必然的に多くなります。

ロボットの外観が擬人的である理由は他にも多く存在します。対人コミュニケーションロボットを例に挙げると、一つは親近感を持ちやすいためだと考えられます。なぜなら、対人ロボットはその役割上、日常生活に入り込む存在であり、その場合にあまりに不自然な「見かけ」は避けるべきだと考えられるためです。また、2つ目の理由として、非言語コミュニケーションの取りやすさも考えられます。人間のコミュニケーションはジェスチャや目線の動き、表情などの非言語的要素にも依存しています。そのため、これらの要素を実装しやすい擬人化された容姿のロボットが多くなるのだと考えられます。

ロボットは生物か無生物か

擬人化が進むと「不気味の谷」という現象が生じます。これは、容姿が人に似てくるほど不気味に感じてしまうというものです。一見すると人のようであるが、よく見るとどこか違うという、まるで「ゾンビ」を見るかのような感覚により「不気味」だと感じてしまうことが原因だと考えられています。つまり、ロボットの見た目を生物的にするためには、非常に高精度な擬人化を実現するか、もしくは実際の人とは容易に区別がつく外観のものが良いと考えられます。

次にロボットの「行動」について考えます。行動における生物と無生物の違いは何かということを考えると、心理学者の長年の研究によって大きく次の7つの特徴があると言われています。

<5つの動きの特徴>

  • 勝手に動くかどうか。
  • 動きの軌跡が不規則かどうか。
  • いったいどうやって動き始めるか。
  • インタラクションのパターン。随伴的であるかどうか。
  • 行為の主体になれるかどうか。

<2つの心理的な特徴>

  • 動きに目標があるかどうか。
  • メンタルステートを説明できるかどうか。

以上の特徴から、生物かそれとも無生物かを判断できます。ロボットについて考えると、ロボットはまさにこの境目を超えようとしている存在であることが分かります。赤ん坊が人型ロボットから意図や意思を感じたという実験結果もあることからも、ロボットの「行動」は生物としての特徴を十分に備えた存在になりつつあることが分かります。

ロボットと心

続いて「心の理論」について考えます。例えば次のような実験があります。2-3歳の子供に、ロボットの失敗動作をみせて、そこから子供が成功動作を学べるかというものです。このとき、アーム型のロボットマニピュレータの失敗動作を見ても子供はそこから成功動作を学ぶことはできませんでした。しかし人型のロボットの失敗動作を見て成功動作を学ぶことは、ある条件下で非常に高確率で成功したのです。その条件とは、ロボットの視線移動の有無です。この視線から意図を読み取り、その動作が失敗であったのかどうかなどを、子どもは認識できるというのです。つまり、人は「視線」と「意図」を掛け合わせることで、相手の心を上手く読み取ることができるということでしょう(自閉症の子供はこの「視線」と「意図」の掛けあわせが上手くいかないそうです)。

また「表情」について考えると、表情は感情・情動を表出したものであり、主な表情は感情と一対一の関係にあります。Ekmanの6基本表情である「怒り」「嫌悪」「おそれ」「喜び」「悲しみ」「驚き」などに挙げられるあらゆる表情は、顔の筋肉の動きによって表現されます。

感情と情動

最後に「感情と情動」について考えます。感情というものは一般的に人間の気持ちといった心的な内部状態のことを指します。感情の定義や起源は諸説存在します。一方情動というものは、ゾウリムシにも存在し、単純な有機体でも示す反応で、感情が生じる「元」となる反応です。つまり、「情動」の結果が「感情」となるのです。

例えば山でクマに襲われて「怖い」と思ったとします。このときの感情と情動の変化について考えます。まず熊を見た瞬間に「怖い」という情動が生じます。このときはまだ「怖い」という感情は生じておらず、逃げ出すために足を動かそうとする者もいれば、立ちすくんでしまう者もいることでしょう。その上で、思考として「今、私は怖がっているんだ」と思ったとします。これが感情です。故に、人によって、クマとの遭遇とほぼ同時に「怖い」という感情が生じる人もいれば、逃げ終わってから「怖かったな」という風に考える人もいます。このように、感情の発生に遅延が生じる場合もあるのです。

また、感情は先天的に獲得されているものでしょうか。それとも後天的に獲得したものでしょうか。それは感情の種類によって異なる妥当と考えられます。生まれて間もない赤ん坊でさえ泣きそして笑います。これらの表情を感情に対応付けすると「不快:悲しみ」と「快:喜び」であると考えられます。一方で後天的に獲得される感情もあります。「嫉妬」や「恥」などの複雑な感情は、環境や社会的な要因などによって形成されるものでしょう。映画「インサイド・ヘッド」で、成長に伴い感情が混ざり合い、より高度な感情が生まれていく描写がありましたが、まさにそのようにして後天的な感情が培われていくものだと思われます。感情についてはロボットが人型である理由と直接関係しませんが、ロボットの内部状態や「意図」を上手く表現するためには、ここで議論したような「感情」や「情動」の仕組みを実装したロボットが必要となってくることは間違いないでしょう。

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takara_semi
著者紹介 旧帝大学生。自然科学/社会学/教育学/健康増進医学/工学/数学など、および学際的な研究領域に興味があります。

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